里山って いいな

里山・低山の魅力を伝えていきたいと思います

「山は逃げていかない」ってよく言われます。でも、それは、嘘ですね。私の場合、山にどんどん逃げられています。で、今年こそ…

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【かつて、年末年始はいつも赤岳にいました。私は冬でも単独登山でしたので北アルプスは無理。そこで、八ヶ岳への山小屋泊越年登山となったわけです。その正月登山、最後に行ったのはいつだったか、もう忘れました。冬山装備も泣いていることでしょう】

山行を邪魔した仕事と家庭の事情

 宮仕えを終えてから、間もなく6年。今、振り返ってみると、終盤の10年間は、仕事の都合で山行が思うように実現できませんでした。 
 《けがをしたり遭難でもしたら仕事に穴を開けてしまう》という思いが頭をかすめて自粛したり、時には上層部から「おまえ、冬山禁止だからな」と言われたことも…。
 そうしたうっぷんを晴らすかのように、退職した6年前、堰を切ったように登山を再開しました。2015(平成27)年夏のことです。南ア北部、八ヶ岳、南ア南部、私にとって登山の原点となった立山・剣。"失われた10年"を取り戻そうと、あちこちへ足を延ばしました。《さあ、これから》と意気込んでいました。

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【日の出前、北岳の肩から眺める富士山が私は一番好きです。このシルエットが何とも言えません。いつも、飽きることなくいつまでもいつまでも眺めています。退職後、最初に登ったのが、北岳。久しぶりでしたが、私をちゃんと待っていてくれました】
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北岳から間ノ岳へと続く標高3000㍍のとても贅沢な稜線散歩は、最高です。この時は、農鳥岳から先が豪雨に見舞われたため、農鳥小屋で一泊してUターンしました】
 
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【2016年夏に登った赤岳㊧と赤石岳㊨。赤石岳山頂では、御嶽山にだけ視線をじっと注ぐ1人の女性と出会いました。2014年9月、御嶽山頂上直下で大噴火に遭遇しながら懸命に脱出して生還した山岳ガイドの小川さゆりさん(写真の女性ではありません)でした。何と言ったらいいのか思いつかず、言葉をかけられなかったのを覚えています】

f:id:miffy17s:20210114200652j:plain:right:w400 ところが、退職翌年の2016年夏、赤岳、荒川三山~赤石岳縦走、剣岳(写真㊨)に登ったのを最後に、雲行きがだんだん怪しくなってきました。義母や義弟の看病・介護、そして2人の他界…。病院や施設の往復に明け暮れました。

山がどんどん逃げていくように感じられました

 確かに「山は逃げていかない」でしょう。でも、家庭の諸事情で、山はどんどん遠くなっていきました。どんどん、逃げていってしまうように感じられました。登山用の衣類や装備はプラスチック容器に収められ、最初は自室のクロゼットに片づけられてしまいましたが、そのうちに庭の一画にある倉庫にしまい込まれてしまいました。
 家庭の事情から解放されて、《さあ》と思っていたところに襲い掛かったのが、新型コロナ禍。一昨年冬ごろから、まだ見ぬ秘境への山行計画を練り始めていたところへ、思いもかけない事態発生です。山小屋は営業休止や受け入れ態勢縮小に追い込まれ、こちらも"密"が気がかりで登山バスにも乗りたくないし…。

追い打ちをかけた新型コロナウイルス

 それよりも、《都会からウイルスを山に持ち込んだら》という懸念が、《登りたい》という欲求にブレーキを掛けました。《現地で発症したり遭難でもしたら、山小屋のスタッフや山岳警備隊、登山仲間に大変な迷惑をかける》と考えたからです。
 「里山」に傾斜し始めた背景には、実はこんな事情があったのです。
 いわゆる「山」と「里山」は、別ものです。「里山」は、単なる趣味や健康づくりとは異なり、そこでの整備・保全活動には、社会的意義も含めていろんな意味が含まれていますし、私の性に合っていることもあって、里山逍遥をたっぷり楽しんでいます。

3000㍍峰への思いも、また募ってきました

 ですが、"封印"していた3000㍍峰への欲求が、また頭をもたげてきました。個人的なことですが、大きな山に登ると、自分がいかに小さな存在であるかということに気づくことができるのです。「里山」での活動とは全く別の意味で、私にとってはとても大切な意義あることだと思っています。
 で、書店で久しぶりに山岳雑誌を手にしたり、着信しても開封すらしなかった山岳関係のメールを読んだり、かつての同僚で北穂に魅せられている山男のブログを訪問したり…。
 昔は、前夜の天気予報で「あすは好天」と聞くと、未明には登山口へ車を走らせていたものですが、最近は少し腰が重くなってきました。気分が高揚するまで、時間を要するようになってきたのです。ですから、山岳地図を眺めたり、登山靴の手入れをしたり…、少しずつ気分を高めています。

気分が徐々に高まるよう、準備を始めました

 その一つが、古い山行の写真を眺めること。宮仕えをしていたころは、若手を前に「昔はなー」とか「昔は良かったなー」なんて回顧話をするのはご法度でしたが、これは脳の活性化に随分と効果があるのだそうです。
 先日、市の広報誌に回想法体験の案内が出ていました。「昔懐かしい話や体験を楽しみながら語り合うことで脳が活性化し、気持ちが元気になります」
 へえー、と思って調べてみました。のぞいてみたのは、健康長寿ネットというwebサイトです。

回想法とは、昔の懐かしい写真や音楽、昔使っていた馴染み深い家庭用品などを見たり、触れたりしながら、昔の経験や思い出を語り合う一種の心理療法です。1960年代にアメリカの精神科医ロバート・バトラー氏が提唱し、認知症の方へのアプロ―チとして注目されています。

 健康長寿ネットは、高齢期を前向きに生活するための情報を提供し、健康長寿社会の発展を目的に作られた公益財団法人長寿科学振興財団が運営しているウェブサイトです。

今年こそ、まだ見ぬ深山の秘境へ

 古い写真を見て思い出にふけるのは何だか後ろ向きやなーと思っていたのですが、そんなことはなさそうです。本当は誰かと語り合うのが効果的なのでしょうが、《まあ、1人でもいいでしょう》と、お気楽に判断して、パソコンに保存してある古い写真を眺め始めています。
 コロナ禍が収まって、気分が高揚してきたら、まだ見ぬ秘境へ旅立ちます。逃げていく山に少しでも追いつくために…。